フィリピンの海で行われたクルージング。
その日の主役は、中野爵喜氏が「人生で一番お世話になっている」と話していた方でした。
複数の参加者が集まり、船に乗り、海を巡り、食事をする。私は当初、中野氏が大切な方の誕生日を祝うために用意した、少し豪華な誕生日会なのだと思っていました。
ケーキを買い忘れるというハプニングはありました。それでも、その時点では、少し不器用ではあるものの、中野氏なりに感謝を伝えようとした一日なのだと理解していました。
しかし、帰宅後に誕生日を迎えたご本人から話を聞き、私はその日の意味を全く違う形で考え直すことになりました。
この記事は、フィリピン組合員である私自身の体験です
私は、ラストワンマイル労働組合のフィリピン組合員です。
中野氏はフィリッピンでの居住歴が長く、数年前に知り合いました。
この記事には、私が当日その場で直接見聞きしたことと、帰宅後に誕生日を迎えたご本人から直接聞いたことを書いています。
参加者や誕生日を迎えた方の個人情報が推測されないよう、正確な時期、場所、参加人数、参加者の職業や立場などは記載しません。一部の表現も、第三者を特定できない形に一般化しています。
一方で、当日起きた出来事の順序や、私が見聞きした内容の核心は変えていません。
誰かを犯罪者だと訴えるための記事ではありません。中野爵喜氏が「人生で一番お世話になっている」と語っていた方の誕生日に、私が実際に見たこと、後からご本人に聞いたこと、そして今も残っている疑問を、組合員である私自身の言葉で記録するものです。
中野爵喜氏が主催するはずだった誕生日クルージング
誕生日会が行われたのは、当時、中野爵喜氏が滞在していたフィリピン国内のある場所でした。
中野氏は、誕生日を迎える方について、「人生で一番お世話になっている」という趣旨の話をしていました。
その方の誕生日に合わせて、複数の参加者が集まり、船を利用したクルージングが行われることになりました。
私は、これだけの方々が集まるのだから、中野氏にとっても大切な誕生日会なのだろうと思っていました。
少なくともその時の私は、中野氏が、人生で最もお世話になった方へ感謝を伝えるために、この場を設けたのだと信じていました。
私はケーキと花を用意しようと申し出ました
せっかくの誕生日ですので、ケーキと花を用意しようという話になりました。
私は、ケーキと花の準備を担当しようと中野氏に申し出ました。
ただ、私はフィリピンの事情や、現地でどこに頼めば準備できるのかを詳しく知っているわけではありません。そのため、中野氏にも準備を手伝ってほしいとお願いしました。
すると、中野氏から「ケーキは自分が準備する」という話がありました。
花については、今回は用意しなくてよいだろうという中野氏の判断になりました。
そのため、最終的には、ケーキは中野氏が準備し、花は用意しないということで決まりました。
私は、中野氏がケーキを準備してくれるものだと思い、それ以上の手配はしませんでした。
昼食が始まっても、ケーキは出てきませんでした
そして、誕生日当日を迎えました。
クルージングは順調に進み、やがて昼食の時間になりました。
私は、一緒に同行していた方と、「誕生日なのだから、どこかでケーキが出てくるのだろう」と考えていました。
昼食の途中でサプライズがあるのかもしれない。
食事が終わる頃に、中野氏がケーキを持ってくるのかもしれない。
そう思いながら、出てくるタイミングを待っていました。
ところが、昼食が始まっても、ケーキは出てきませんでした。
食事はそのまま進み、結局、誕生日らしい出来事が何もないまま昼食は終わりました。
一行は再び船に戻り、次の場所へ移動しようとしていました。
「ケーキは夜に出しますか」と尋ねて分かったこと
そこで私は、中野氏に確認しました。
ケーキはいつ出すのでしょうか。昼食ではなく、夜の夕食のときに出す予定なのでしょうか。
すると、ここで思わぬことが分かりました。
中野氏は、ケーキを購入すること自体を忘れていたそうです。
私は、「これはまずいのではないか」と思いました。
人生で一番お世話になっているという方の誕生日です。花は用意していません。唯一用意することになっていたケーキもありません。
しかし、中野氏からは、ここまで船を利用してクルージングをしているのだから、ケーキがなくても、飾らない誕生日会として十分なのではないかという趣旨の話がありました。
私は、言われてみれば、それも一つの祝い方なのかもしれないと思いました。
ケーキや花がなくても、大勢が集まり、海へ出て一日を過ごしている。それ自体が中野氏からのプレゼントなのだろうと、その時は考えることにしました。
少なくとも私が聞いた範囲では、誕生日を祝う言葉もありませんでした
その後も、クルージングは大きな事故や問題もなく進みました。
しかし、少なくとも私がその場で聞いた範囲では、最後まで一度も、誕生日を迎えた方へ明確にお祝いを伝える発言はありませんでした。
ケーキを囲んで祝うこともありませんでした。
花を渡すこともありませんでした。
みんなで「お誕生日おめでとうございます」と伝える場面も、私の記憶にはありません。
私は少し気になっていましたが、中野氏が主催した誕生日クルージングなのだから、私が前へ出すぎるのも違うのではないかと思い、その場では強く言い出せませんでした。
帰宅後、私はご本人へお祝いのメールを送りました
帰宅した後も、私は、きちんと誕生日のお祝いを伝えられなかったことが気になっていました。
そこで、誕生日を迎えたご本人へ、メールで「お誕生日おめでとうございます」とお祝いを伝えました。
あわせて、私が言うのも変ですが、中野氏もそれだけの思いを持って、誕生日を祝うために人を集め、このようなクルージングの場を設けたのだと思います、という趣旨のことをお伝えしました。
私はその時まで、中野氏が費用を負担し、人生で一番お世話になっている方のためにクルージングを企画したのだと思っていたからです。
ケーキを忘れたことは、少し残念なハプニングです。
それでも、人を集め、船を用意し、食事の場を作ったこと自体が、中野氏からその方への感謝の表現なのだろうと思っていました。
クルージング代も食事代も、誕生日を迎えたご本人が支払っていました
ところが、その後、私は誕生日を迎えたご本人から、思いもよらない話を聞きました。
その日のクルージング費用も、食事代も、その他の費用も、すべて誕生日を迎えたご本人が支払ったというのです。
私は、その場で会計資料や支払記録を確認したわけではありません。そのため、費用負担については、ご本人から私が直接聞いた内容として記します。
それでも、この話を聞いたとき、私は一瞬、状況が理解できませんでした。
中野氏が「人生で一番お世話になっている」と話していた方の誕生日です。
私は、中野氏がその方を祝うために人を集め、クルージングを用意したのだと思っていました。
しかし、ご本人の説明を前提に当日の出来事を整理すると、次のようになります。
- 中野爵喜氏は、その方を「人生で一番お世話になっている」と話していました。
- 花は用意されませんでした。
- 中野氏が用意することになっていたケーキは、購入自体を忘れていました。
- 少なくとも私が聞いた範囲では、当日に明確な誕生日のお祝いの言葉はありませんでした。
- クルージング費用、食事代、その他の費用は、誕生日を迎えたご本人が支払ったと、私はご本人から直接聞きました。
つまり、その方は、自分の誕生日に、自分でクルージング代や食事代を支払い、花もなく、ケーキもないまま一日を過ごしていたことになります。
それでは、中野爵喜氏の誕生日プレゼントは何だったのでしょうか
このことを知った後、私は、どうしても一つの疑問から離れられなくなりました。
中野爵喜氏が「人生で一番お世話になっている」という方に贈った誕生日プレゼントとは、結局、何だったのでしょうか。
花ではありませんでした。
ケーキでもありませんでした。
そして、クルージングでもありませんでした。
食事でもありませんでした。
なぜなら、ご本人の説明によれば、クルージングも食事も、誕生日を迎えたご本人が支払っていたからです。
もし、中野氏から贈られたものがあったとすれば、それは、「自分の誕生日に、自分のお金で船と食事を用意し、集まった人たちをもてなす機会」だったことになります。
さすがに私は、それを誕生日プレゼントと呼ぶことができません。
問題は、高価なプレゼントがなかったことではありません
私は、高価なプレゼントを贈るべきだったと言いたいのではありません。
誕生日のお祝いは、金額で決まるものではないと思います。
小さなケーキでも、一輪の花でも、短いお祝いの言葉でも、本人への感謝は伝えられます。
何も買えなかったとしても、「今日はあなたのために集まりました」「これまでありがとうございます」と伝えることはできます。
私が今も引っかかっているのは、中野氏が「人生で一番お世話になっている」とまで話していた方の誕生日でありながら、中野氏が何を贈り、どのように感謝を示したのかが、最後まで分からなかったことです。
さらに、周囲にいた私たちは、中野氏がその方のためにクルージングを用意したのだと思っていました。
ところが、実際の費用を負担していたのが誕生日を迎えたご本人だったのであれば、ご本人はお金を支払っただけではありません。
中野氏に対し、「大切な恩人のために人を集め、クルージングを開いた主催者」という見え方まで提供していたことになります。
費用を負担した人と、感謝を集める人が反対になっていなかったでしょうか。
中野爵喜氏の言葉と、私が見た現実との距離
私とは別のカンボジア組合員による過去の投稿では、中野爵喜氏が語った「監禁」という説明と、現地の組合員が見ていた自由な行動との間にある隔たりが記録されています。
今回の誕生日クルージングでも、私が感じたのは、言葉と現実の間にある距離でした。
「人生で一番お世話になっている」という大きな言葉。
「クルージングまでしているのだから、それで十分ではないか」という説明。
しかし、ケーキはなく、花もなく、私が聞いた範囲ではお祝いの言葉もなく、費用は誕生日を迎えた方が負担していたといいます。
口にした言葉が大きいほど、その言葉に対応する行動も問われると思います。
人生で一番お世話になっている人だと語るのであれば、その方の誕生日に何をしたのか。
豪華に見える場を作ったのであれば、その費用を誰が負担していたのか。
自分が用意したように周囲から見えていたのであれば、実際の負担者について説明したのか。
これは、ケーキ一つの話ではありません。人から受けた恩、他人の負担、自分の言葉に対して、どのような姿勢を取る人物なのかという問題です。
中野爵喜氏に、私が確認したいこと
- 中野爵喜氏は、誕生日を迎えた方について、「人生で一番お世話になっている」という趣旨の話をしていましたか。
- 中野氏がケーキを準備することになっていたものの、購入することを忘れたという認識で間違いありませんか。
- 当日のクルージング費用、食事代及びその他の費用を、誕生日を迎えたご本人が負担していたことを、中野氏は当時認識していましたか。
- ご本人が費用を負担していた場合、その事実を参加者へ説明しましたか。
- 中野氏自身は、その方の誕生日に、具体的に何を贈り、どの費用を負担しましたか。
- 少なくとも私が聞いた範囲では、当日に明確なお祝いの言葉がありませんでした。中野氏は、いつ、どのような言葉で誕生日と日頃の感謝を伝えましたか。
- ご本人が自ら費用を負担したクルージングについて、なぜ中野氏は、ケーキがなくてもクルージング自体がお祝いになるという趣旨の説明をしたのでしょうか。
- 中野氏が「人生で一番お世話になっている」と語った方へ贈った誕生日プレゼントは、結局、何だったのでしょうか。
これほど印象に残る誕生日は、なかなかありません
私は今でも、あの日のことを思い出します。
海の上で行われたクルージング。
複数の人が集まり、食事をし、一日を過ごしました。
外から見れば、華やかな誕生日会に見えたかもしれません。
しかし、人生で一番お世話になっているという方に対し、花はなく、ケーキは忘れられ、お祝いの言葉も私には聞こえず、最後には、その方自身が費用を支払っていたと知りました。
私は何度考えても、中野爵喜氏からの誕生日プレゼントが何だったのか分かりません。
もしかすると、その方が受け取ったのは、自分のお金で自分の誕生日会を開き、集まった人たちをもてなしながら、中野氏を主催者のように見せる役割だったのでしょうか。
それが本当に「人生で一番お世話になっている人」への感謝の示し方だったのであれば、私には理解できません。
これは、私が直接見た一日と、その後ご本人から直接聞いた話です。
小さなケーキの買い忘れから始まった話ですが、最後に残ったのは、人への感謝、費用の負担、言葉と行動の違いについての大きな疑問でした。
色々と考えてみましたが、結局、何が誕生日プレゼントだったのか、私には今でもよく分かりません。
ただ、これほど印象に残る誕生日は、なかなかないのではないかと思います。
