カンボジア現地で見た自由な行動と、女性たちが語った不安
カンボジアの夜は、いつも賑やかです。
店先には明かりが灯り、バイクの音が行き交い、人々の笑い声が通りに流れます。
その中で、私が見た中野爵喜氏の姿は、「誰かに監禁され、自由を奪われていた人物」の姿とは、どうしても重なりませんでした。
私はラストワンマイル労働組合の組合員です。
この文章は、私がカンボジアで直接見聞きしたこと、そして複数の関係者から聞いた話をもとに、社会に対して問題提起をするために書いています。
もちろん、私は裁判所でも警察でもありません。
中野氏が日本でどのような説明をしているのか、そのすべてを把握しているわけでもありません。
しかし、少なくとも私がカンボジアで見た中野氏の姿と、「カンボジアで監禁されていた」という主張との間には、説明が必要なほど大きな隔たりがあると感じています。
なぜ私は今、声を上げるのか
本当は、このような文章を書くことには迷いがありました。
相手は日本人であり、企業関係者としての肩書きや人脈を語っていた人物です。
一方で、私たちはカンボジアで暮らす組合員であり、立場の違いを強く感じる場面も少なくありませんでした。
それでも黙っていられないと思ったのは、中野氏の「監禁されていた」という主張を知ったからです。
もし、その主張によって事実と異なる印象が広がり、誰かに責任が押し付けられるのだとしたら、私が見たことを黙っているわけにはいきません。
また、中野氏の周囲では、複数の女性たちが不快な思いをした、怖い思いをした、尊厳を傷つけられたと語っていました。
その声がなかったことにされるのであれば、それもまた大きな問題です。
これは、単なる個人間のトラブルではありません。
日本企業に関わる人物が海外でどのように振る舞い、現地の人間や女性たちをどのように扱っていたのかという、人権と説明責任の問題だと私は考えています。
カンボジアで見た中野爵喜氏の姿
私がカンボジアで接していた時期の中野氏は、行動の自由を制限されているようには全く見えませんでした。
夜になると一人で街に出て、飲食店を訪れ、複数の女性と会話をしていました。
遅い時間まで飲酒し、翌日には前日の飲酒について話すようなメッセージも送っていました。
また、移動についても、自分の意思で外出し、帰宅していたように見えました。
誰かに常に監視されていたり、逃げられない状態に置かれていたりした様子は、少なくとも私が見聞きした範囲では確認できませんでした。
添付のやり取りは、中野氏から熱心にアプローチを受けていた現地女性に対する中野氏からのSNS上のメッセージを、中野氏の泥酔時に入手したもので、女性との楽しそうな会話、再訪をうかがわせるやり取り、飲酒後の連絡などが見られます。

もちろん、画像だけで全体の事実関係を断定することはできません。
しかし、少なくともそのやり取りからは、自由に外出し、人と会い、店を訪れていた様子がうかがえます。
だからこそ私は、「監禁されていた」という説明を聞いたとき、大きな違和感を覚えました。
「監禁されていた」とは思えなかった自由な行動
監禁とは、一般的には本人の意思に反して自由を奪われる状態を指すものだと理解しています。
しかし、私が見た中野氏は、夜の街に出て、飲み、女性たちと話し、自分の予定で行動していました。
その様子は、少なくとも私の目には、自由を奪われた被害者の姿には見えませんでした。
もし本当に監禁されていた期間があるのだとすれば、それはいつからいつまでだったのでしょうか。
私たちが見ていた時期とは別の期間だったのでしょうか。
それとも、私たちが目にしていた自由な行動について、何らかの別の説明があるのでしょうか。
この点については、中野氏本人、また関係者からの明確な説明が必要だと思います。
私は、中野氏の主張を一方的に否定したいわけではありません。
しかし、現地で実際に接していた人間として、見たことと聞いたことの間にある矛盾を、そのまま放置することはできません。
女性たちが感じていた不快感と圧力
私が問題だと感じているのは、「監禁」主張との食い違いだけではありません。
中野氏の周囲では、複数の女性たちが不快な思いをしたと話していました。
飲酒の場で過度に騒ぐ、服を脱ぐ、女性に対して強い距離感で接する、愛人関係のようなものを求める発言をする。
そうした言動について、複数の証言があります。
中には、言葉にすること自体がつらいほどのセクハラを受けたと感じている女性もいました。
ここで大切なのは、女性たちが「嫌だった」「怖かった」「断りづらかった」と感じていたことです。
相手が有力な企業関係者を名乗り、資産や人脈を語る人物であれば、なおさら拒絶することは簡単ではありません。
立場の差、国籍の差、経済的な差、言葉の壁。
そうしたものがある中で、女性たちが本当に対等に接することができていたのか。
この点は、きちんと検証されるべきです。
資産、人脈、豪遊を語っていた中野氏
中野氏は、カンボジアで自分の資産や人脈について語ることがありました。
102億もの多額の現金や資産がある、東証グロース上場企業のラストワンマイル社に深く関わっている、関係者を通じて多大な資産を獲得した、有力な企業関係者とつながりがある、日本の大物政治家とも関係がある。
そのような趣旨の話を、私や複数の関係者の前でしていました。
また、ラストワンマイル社の親会社である超大物経営者についても、まるで近しい関係であるかのように語り、自分もこれから模倣して豪遊するという趣旨の発言をしていたことがあります。
私は、その話の真偽を確認できる立場ではありません。
もしかすると誇張だったのかもしれません。
あるいは、本人にとっては本気の発言だったのかもしれません。
しかし、重要なのは、そのような話を聞かされた側がどう感じたかです。
日本企業の関係者を名乗る人物が、資産や人脈を背景にしたような言動を取り、現地の女性たちに圧力を感じさせていたのだとすれば、それは個人の問題だけでは済まされません。
企業として、組織として、どこまで把握していたのか。
問題が起きた後、どのような調査をしたのか。
その説明が必要です。
問題は個人の遊び方ではなく、人権と説明責任です
私たちは、中野氏がどこで飲んだのか、誰と会ったのか、それ自体を問題にしたいわけではありません。
問題は、本人が後になって「監禁されていた」と主張していることと、現地で私たちが見ていた自由な行動との間に、大きな食い違いがあることです。
さらに、複数の女性が不快感や恐怖を語っているにもかかわらず、その声が軽く扱われているように感じられることです。
カンボジア人だから。
女性だから。
相手が日本企業の関係者だから。
そうした理由で、誰かの尊厳が軽く扱われてよいはずがありません。
私たちは、日本人を責めたいのではありません。
日本企業すべてを批判したいわけでもありません。
ただ、海外で働き、暮らす私たちの人権も、同じように尊重されるべきだと言いたいのです。
ラストワンマイル労働組合員として求めたいこと
私は、ラストワンマイル労働組合の組合員として、次の点について説明と調査を求めたいと考えています。
- 中野爵喜氏が主張している「カンボジアでの監禁」について、具体的な時期、場所、状況を明らかにしていただきたいです。
- その主張と、現地で確認されている自由な外出、飲酒、女性たちとの接触、メッセージのやり取りとの整合性について、説明していただきたいです。
- 複数の女性が訴えているセクハラ的な言動や、愛人関係を求めるような発言について、第三者による調査を行っていただきたいです。ラストワンマイル社および関係企業が、中野氏の海外での行動についてどこまで把握していたのか、また問題発覚後にどのような対応を取ったのかを明らかにしていただきたいです。
これは、誰かを一方的に攻撃するための文章ではありません。
私が見たこと、聞いたこと、そして感じた違和感を、社会に対して記録するための文章です。
カンボジアで起きたことは、遠い国の小さな出来事ではありません。
そこには、日本企業と現地の人間との力関係があり、女性たちの尊厳があり、労働者としての人権があります。
だからこそ、私は声を上げます。
中野爵喜氏の主張が事実であるなら、その具体的な説明を求めます。
一方で、私たちが見聞きしたことと食い違う部分があるなら、その点についても明らかにしていただきたいです。
沈黙すれば、なかったことにされてしまう。
そう感じたからこそ、私はこの文章を書きました。
私たちカンボジアの組合員も、人としての尊厳を持っています。
日本企業に関わる人物であっても、その尊厳を軽く扱うことは許されません。
必要なのは、感情的な対立ではありません。
必要なのは、事実に基づいた調査と、誠実な説明です。
