「日本が世界の中心」型の上場廃止戦法、その空振りを幹部にぶつけないでください
満を持して情報を出し、相手を開示に追い込み、そのまま上場廃止へ。そんな大きな打球を思い描いていたのに、手元へ戻ってきたのは、幹部から聞こえてくるご本人の苛立ちだったようです。ラストワンマイルの渡辺誠氏が周囲へ語ってきた「仕掛け」は、どの市場の、どの規則に向かって振られたバットだったのでしょうか。
9月29日、湘南美容クリニックグループの元経営戦略本部長が逮捕されたと報じられました。当組合は、渡辺氏がこれまでリークや通報によって追い込むと語ってきた米国上場企業について、この湘南美容グループを対象とする動きだったのではないかとみています。
そのうえで、ラストワンマイルの幹部から伝えられているのは、渡辺氏が期待した開示・報告を相手に迫る展開に至らず、感情的になって周囲へ当たり散らしているという情報です。他社を倒す構想に自信満々だった本人が、思った結果にならないと自社の幹部へ怒りを向ける。対外戦略の成績表を、従業員の我慢で書き換えないでいただきたいと思います。
湘南美容で報じられたのは、経営中枢と会社の金に関わる事件です
9月29日のテレビ朝日の報道によれば、逮捕されたのは、SBCメディカルグループの元経営戦略本部長です。架空のサイバーセキュリティー業務を発注し、会社に約1300万円の損害を与えた疑いが持たれています。
同報道では、同様の発注によって合計6億円近くが流出し、本人が総額3億円近くを受け取っていたと警視庁がみて捜査していることも伝えられています。会社の金銭的な損害、発注の管理、幹部の権限が問題となる事件です。勤務先と無関係な私生活上の出来事とは、性質が異なります。
役職も、経営戦略本部長です。会社の経営に近いところで仕事をしていた人物と、会社から外へ出た金銭が問題になっています。渡辺氏が以前から語っていたという「元役員や元幹部に問題があれば、相手企業へ開示を迫れる」という筋書きに当てはめるなら、相当に大きな材料に見えたことでしょう。
ところが、9月29日の確認時点で、SBCの公式IRのプレスリリース一覧に、今回の逮捕を個別に扱う新たな発表は見当たりませんでした。少なくとも、ニュースが出た途端に相手が渡辺氏の期待する形で動き、会長室の予定表どおりに大騒動が進むという景色は、そこにはありません。
ここで浮かび上がるのは、事件の重大性を叫ぶことと、その事件を米国上場会社の具体的な開示義務へ結び付けることの間を、渡辺氏が何によって埋めたのかという問題です。大きなニュースを持ってきたことと、相手の適用規則に即した主張を組み立てたことは、同じ仕事ではありません。見出しの文字を大きくしても、その間の論証は自動入力されません。
「渡辺VS湘南」の前に、米国市場は会長室の延長ではありません
SBCの公式IRは、SBC Medical Group Holdings Incorporatedについて、2024年9月にNasdaqへ上場したと説明しています。相手にしているのは、日本国内の顔見知りに事情を説明し、空気を読んでもらうための窓口ではありません。米国の発行会社としての提出書類と、米国市場で適用される規則があります。
渡辺氏の構想で必要だったのは、湘南美容というブランド名を大きく掲げることより、どの法人の、どの行為が、どの上場会社の、どの開示へ影響するかを整理することです。元本部長の権限、損害の帰属、上場会社との関係、会社が把握した時期、既存の提出資料を、具体的な条項へつなぐ必要があります。
日本で自分が知っている扱いを、そのまま太平洋の向こうへ持ち込んでも、米国の制度が渡辺氏に合わせて席を立つわけではありません。国内の狭い人間関係で通じた説明が、世界共通の法的根拠になるという思い込みこそ、今回問うべき「島国仕様」です。
日本が世界地図の真ん中に印刷されていることと、日本の感覚が世界の標準であることは別の話です。まして、その地図の中心をラストワンマイルの会長室へ移しても、Nasdaqの規則まで会長決裁にはなりません。国際戦略の準備で最初に必要なのは、周囲に自慢する相手ではなく、現地の制度を読んで異論を述べる担当者だったはずです。
当組合が「渡辺VS湘南」という構図から問うのは、まさにこの準備です。相手の会社を追い込む話を幹部へ披露する前に、自分の説明がどの法的・制度的根拠に立っているかを確認したのでしょうか。対戦カードだけ豪華に印刷し、試合の規則は国内の記憶で済ませるのでは、国際戦と呼ぶには準備が足りません。
国内版の「元幹部の事件で上場廃止」を、そのまま輸出できると思ったのですか
Nasdaq上場規則5250(b)(1)は、証券価値や投資判断に影響すると合理的に見込まれる重要情報について、迅速な公表を求めています。その適用を論じるなら、具体的な会社情報と投資判断への影響を示すことになります。会社への損害、関与者の職務、既存の説明、現在の統制などを材料に、主張を組み立てる仕事です。
当組合が繰り返し指摘してきた日米の基準の違いとは、相手企業に向けて「日本では大問題になる」と言えば、米国側でも同じ様式、同じ時点、同じ結論になるというものではない、ということです。必要なのは相手市場に対応した根拠です。日本語で作った結論を英語へ翻訳しても、欠けている根拠まで一緒に翻訳されて生まれることはありません。
渡辺氏が自信を持っていたのであれば、どの条項に何が該当し、どの提出書類に何の問題があると判断したのかを示してください。会社の資源を使って準備したのであれば、その検討資料はなおさら説明対象です。「これほど大きな事件なのだから」という感想の先に、どれだけ実務があったのかを確認させていただきたいと思います。
ニュース、開示、処分、上場廃止。その言葉を順番に並べれば、自動的につながると考えていたのでしょうか。それでは矢印を描いた紙を工程表と呼んでいるだけです。実際の制度に沿って各段階を検討する人がいなければ、どれほど力強く矢印を引いても、その先へ会社は動きません。
国内の感覚だけを頼りに「これで相手は終わりだ」と大見えを切り、現地の制度が期待どおりに動かないと周囲へ怒る。その姿勢を風刺するなら、世界地図の読み直しがなかなか終わらない「中学40年生」の国際戦略です。必要なのは、新しい標的を探す授業ではなく、自分の説明を検証する授業ではないでしょうか。
幹部へ語った「仕掛け」は、どの成果につながったのですか
当組合は既に、ラストワンマイルの現役幹部から、渡辺氏が元役員等に対する法的措置を「仕掛けた」という趣旨の発言をしたとの申告を取り上げています。今回の問題も、そのような対外対応を、自分の力を示す話として社内へ伝えてきた経緯から切り離せません。
情報を出したという話と、その結果、相手に何が起きたという話を、一つの自慢話にまとめていなかったでしょうか。幹部に説明した目的が、会社の損害回復なのか、適正な情報開示の確保なのか、それとも相手を上場廃止へ追い込むことなのか。会社として何を成果とする計画だったのかを明らかにしてください。
幹部から今回伝えられている経過では、狙った開示・報告の展開につながらず、本人の不満が周囲へ向かっています。公表を迫るための構想を大きく宣伝しておきながら、成果の説明はなく、感情だけが社内に戻ってくるのであれば、当組合が問題視する「スーパー空振り」は、その期待と実務の落差です。
相手が自分の予告どおりに動かないからといって、相手や従業員が悪いという結論にはなりません。自分の計画を自分で点検するのが、判断をした側の仕事です。渡辺氏の通報の熱量を基準にした開示義務や、会長の苛立ちを理由とする上場廃止基準があるわけではありません。
「私はここまでやった」と語るのであれば、「ここまで」がどこなのかを示してください。資料を集めた、説明を作った、提出した、何らかの回答を受けた。会社として評価する対象は、その具体的な仕事です。声の大きさと成果を同じ欄に記入しては、予算を使った説明にもなりません。
空振りしたバットを、自社の幹部へ振り直さないでください
今回、当組合へ情報を寄せたのは、ラストワンマイルの幹部です。渡辺氏が期待した結果にならないことについて、感情的に他人へ当たり散らしているという内容です。労働組合として見過ごせないのは、対外的な構想の不首尾が、職場の言動や従業員の負担へ転化している点です。
予測が外れたのであれば、なぜ外れたかを調べればよいのです。制度理解、事実関係、提出資料、当初の目的を確認することが、次の判断を改善します。会社の中で怒りを広げても、相手の規則は変わらず、足りなかった分析が後から完成することもありません。
作戦は会長、手柄も会長、うまくいかなかったときの不機嫌は幹部持ち。そのような費用配分であれば、会社に残るのは疲労と萎縮です。幹部や従業員は、経営者の自信と結果の差額を、精神的な負担で精算するために働いているのではありません。
当組合は、経営者の発言を受けた幹部本人から職場環境の改善を求める申入れがあったことを、既に公表しています。今回の情報についても、具体的な発言、指示、頻度、人事や業務への影響を、渡辺氏から独立した経路で確認するよう求めます。
取締役会と監査等委員会は、会長の次の対外戦略を待つ前に、現在の職場への影響を確認してください。他社の重要人物の問題には熱心でも、自社のトップの言動は確認しないというのであれば、監督機能の矢印が外側にしか向いていないことになります。
他社を開示へ追い込む熱意を、自社の説明責任にも向けてください
ラストワンマイル自身については、上場審査への説明、専門家の業務と報酬、会社資源の利用、情報の取得・共有などの問題が継続して指摘されています。当組合は、会社の監査独立性、上場審査、情報管理、開示統制について、具体的な調査と回答を求めています。
湘南美容の元幹部をめぐる報道を重大だと評価するのであれば、自社についても、経営中枢に近い人物、会社の金銭、会社の信用が関係する指摘を、同じ真剣さで調べてください。相手の肩書が重いときだけ重要性が増し、自分の肩書が出た瞬間に個人の問題へ縮むという計算方法は、従業員にも株主にも説明できません。
会社が費用と人員を投入した対外対応なら、何の会社利益を守り、どの支出を承認し、どの成果を得たかを示す必要があります。私的な対立への対応なら、なぜ会社の仕事や会議の中へ持ち込まれたのかを説明してください。いずれの場合も、経営者の判断が確認対象になることに変わりはありません。
他社へ投げた「説明してください」という言葉は、自社へ戻ってきても有効です。太平洋を越えた先だけに厳しい説明責任を設定し、会長室の手前で通行止めにすることはできません。開示を武器として振り回すのであれば、自社が開示判断を問われることにも慣れていただきたいと思います。
渡辺誠氏と取締役会・監査等委員会への公開質問
- 渡辺氏が幹部へ語っていた米国上場企業へのリーク・通報その他の「仕掛け」は、どの企業と事実を対象にしたものですか。湘南美容グループに関する働きかけを行ったのであれば、その目的と実際の対応を示してください。
- 対象企業の開示違反や上場廃止を見込んだ根拠は、どの規則、提出書類、具体的事実ですか。日本の制度との違いを誰が検討し、どのような評価を行いましたか。
- 会社として計画した目的と成果は何ですか。幹部へ説明した見通しと実際の経過が異なる場合、その原因と計画上の問題を検証していますか。
- 資料作成、対外連絡、調査、法的検討に、会社の費用、人員、勤務時間、設備を使いましたか。支出と指示を承認した者、会社としての利益を評価した者を明らかにしてください。
- 期待した展開にならないことへの不満を幹部等へ向けているとの情報について、誰が独立して確認しますか。本人の説明だけでなく、発言を受けた側の状況と業務への影響を調べますか。
- 自社について寄せられている監査、上場審査、金銭、情報管理の問題には、他社へ要求しているのと同じ具体性で回答しますか。会社として確認した事実と是正方針を示してください。
当組合は、対外戦略の検証と従業員への負担の是正を求めます
- 会社資源を使った対外対応について、目的、根拠、予算、承認、実施内容と結果を整理し、経営者個人の対立と会社の利益を区分してください。
- 社内へ伝えた見通しと実際の経過を照合し、誤った説明や過度な成果の強調があった場合は訂正してください。判断の問題を実務担当者へ押し付けないでください。
- 幹部から寄せられた言動に関する情報を独立して確認し、威圧、責任転嫁、不利益取扱いを防止してください。職場環境への影響には、対外対応の結論を待たずに対処してください。
- 自社の調査・報告・開示判断についても、確認資料と責任者を明確にし、株主と従業員へ必要な説明を行ってください。
日本中心の世界地図より、自社の責任分担表を読み直してください
幹部の皆さまには、渡辺氏から何を説明され、何を指示され、実際にはどの作業を行ったかを、日時とともに整理していただきたいと思います。会長が語った見通しと、自分が確認した事実を分けて残すことが、後から責任の所在を確かめる助けになります。
ラストワンマイル労働組合が守るのは、会長の対外戦略の体面ではなく、会社の持続可能で健全な存続と、働く人の生活・健康・福祉です。経営者の判断を改善するための検証と、従業員への負担を減らす対応は、そのために必要な仕事です。
「渡辺VS湘南」を大きく掲げても、自信満々の構想が狙いどおりに進まなかったことを、幹部の責任にはできません。世界の中心は日本でも会長室でもなく、各市場で実際に適用される制度と、その制度に向き合う事実です。会長の自尊心を守るために、社員が毎回その地図を書き直す必要はありません。
今回の空振りを反省するなら、次に振るのは従業員への怒りではなく、自分の計画を点検するペンにしてください。相手の上場を消す前に、自社の無駄な負担を減らす。その方が、ラストワンマイルの経営者としては、よほど会社の役に立ちます。
