会社のクレジットカードを従業員へ配布し、現場の裁量で必要な物品を迅速に購入できるようにすることは、適切な上限額、利用目的、証憑管理、モニタリングが整っていれば合理的な制度です。
しかし、株式会社ラストワンマイルの総務研修で、代表取締役会長兼CEOの渡辺誠氏が説明した制度は、一般的な権限移譲とは大きく異なります。
私的流用が起きる可能性をあらかじめ受け入れ、カードを大量に発行し、利用明細は全件確認せず、たまたま発覚した従業員を減給又は解雇するという考え方です。
「飲み屋で勝手に切る奴がいても、まあいい」
「クレジットカードを勝手に持って、どこかの飲み屋で勝手に切っている奴も、今後いるかもしれない。まあいい。そのリスクは経営で飲み込もう」
「勝手にクレジットカードを持って勝手に切ればよい。そんな奴が発覚したら、ペナルティでクビにするか減給させる」
普通の内部統制は、不正使用が起きにくい仕組みを設計し、早期に発見し、被害を最小化するために存在します。
ところが、この研修では、不正を予防する事前統制を管理コストとして削り、一定数の私的利用が発生することを前提として、発覚した人だけを処罰する方針が示されています。
カードが100枚必要と言われたら、100枚発行
渡辺誠氏は、各部門が必要とする枚数を、そのまま発行すればよいとも説明しています。
「カードが100枚必要ですと言われたら、分かりましたと100枚発行していればよい」
カードの発行枚数が増えれば、紛失、盗難、名義管理、退職者からの回収、限度額設定、利用者特定、証憑回収といった管理上のリスクも増えます。
しかし、研修では、カードごとの必要性や保有者の権限を事前に確認するよりも、現場へ広く配り、後から一部を抽出して確認する方が管理コストを削減できるとされています。
全部は見ない、ランダムでよい
「総務は全部事後でよい。しかも、全部見る必要はない。ランダムでよい。全部を見切れなくてもよい」
ランダム監査は、全件確認と組み合わせる補助的な手法としては有効です。しかし、カードの私的流用が起きることを認識しながら、全件を自動的に把握する仕組みを設けず、目に入ったものだけを処罰するのであれば、処分されるかどうかは不正の重大性より抽選結果に左右されます。
同じ私的利用をしても、抽出された従業員は減給又は解雇され、抽出されなかった従業員は何も起きない。これでは、内部統制として不十分であるだけでなく、懲戒処分の公平性にも重大な疑問が生じます。
「経営に支障がない金額」ならよいのか
渡辺誠氏は、1万円、3万円、10万円といった支出について、会社経営に支障がない金額であれば、事前に厳しく管理する必要はないとの趣旨を繰り返しています。
しかし、会社資金の私的利用が問題となる理由は、会社がその金額を支払えるかどうかだけではありません。少額の不正を放置すれば、不正を行わない従業員が損をし、組織内に「見つからなければよい」という文化が広がります。
さらに、私的流用が複数人、複数月、複数カードにわたれば、個々の支出は少額でも総額は大きくなります。
不正を防がず、不正をした人へ全責任を押し付ける
この制度の特徴は、経営側が意図的に事前管理を弱めながら、問題が発覚したときには従業員個人へ減給又は解雇という重い責任を負わせる点です。
会社がカードの大量発行を指示し、利用前の承認をなくし、全件確認をやめ、私的使用のリスクをあらかじめ受け入れたのであれば、事故が起きた際に問われるべきなのは、利用者個人の責任だけではありません。
不正が起きやすい制度を自ら設計した経営者、統制を弱める判断を承認した取締役、モニタリング体制を確認しなかった監査部門にも、それぞれの責任があります。
株式会社ラストワンマイルへの公開質問
- 研修後、会社カードの発行枚数は何枚から何枚へ増加しましたか。
- 会社カードの全利用明細は、現在、誰がどのような方法で確認していますか。
- 私的利用、利用目的不明、証憑未提出となった決済は、研修後に何件発生しましたか。
- カードの私的利用を理由に、減給、降格、解雇その他の懲戒処分を受けた従業員はいますか。
- 処分を受けた従業員と、ランダム確認の対象外となった従業員との公平性を、どのように確保しましたか。
- 取締役会及び監査等委員会は、私的流用を一定程度受け入れる方針を承認していましたか。
経営者が不正を飲み込み、従業員だけをクビにする会社
事前確認を全て残すべきだとは言いません。少額決済の効率化も必要です。しかし、効率化とは、不正が起きても構わないと宣言することではありません。
利用目的の限定、カード別上限、リアルタイム通知、証憑の自動照合、異常決済の検出、退職時の即時停止など、管理コストを抑えながら不正を防ぐ方法は存在します。
それらを整備せず、「飲み屋で勝手に使う奴がいても、まあいい。見つけたらクビにする」という制度を選ぶのであれば、それは効率的な経営ではありません。
経営者が意図的に穴を開け、穴に落ちた従業員だけを処罰する仕組みです。
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